「……あー、雪」
清良は頭上を振り仰いでクスクスと笑う。………酔ってんな。
裏軒からの帰り道、いつもよりもやたら酒を飲んでたな、とは思っていたのだがここまでとは。
一方、大して口にしてはいない自分とは激しく双極のような清良。
「転ぶなよ」
「そんなヘマしないわよー、龍じゃあるまいし」
……それは、さり気なく凹むぞ? おい。
そんな呟きは再び清良の笑いにかき消される。
「……でも、千秋くん、復活して良かったね」
「あー、まぁな。しっかし、何があって二年間も活動休止してたんだか」
「………」
「テレビではいろいろ言われてたけどさ。オケ団員との衝突とか、契約会社からの解雇とか……結局、全部嘘だったけど」
千秋が音楽の最前線から姿を消した時、マスコミは一気に湧いた。
誰もがその経緯の真実を知りたがったし、何より消えた彼の行方が分からずじまいだった。
何が何でも彼の居所を探ろうとシュトレーゼマンにもパパラッチが付いたという。
――そんなものは何処へやら。彼は綺麗に無視し続けていたが。
それでも、千秋に関係している人――R☆Sや、桃ヶ丘関係者――には何か説明があると信じていた。
すぐにでも「騒ぎすぎなんだよ」といつもの俺様で復帰すると、誰もが思っていた。
……あれから二年。まだ公には千秋が復帰したという事は広まっていない。
それだけ年明けコンサートでの話題性を狙っている、という理由も一部には含まれているが、シュトレーゼマンがまるでお忍びの如く自家用ジェットで千秋を日本に送り込んできたのだ。
そして、一言。「チアキを頼みマスよ」と微笑んで、母国へと帰っていった。
どうやら聞く噂によると、雲隠れしていた二年間、彼は一切千秋に連絡を取らなかったという。
もちろん千秋からも連絡を取ろうとした事はなく、本当に千秋は一人孤独の世界に漂っていたことになる。
――その状態の千秋を、突如「頼みマス」と置き去るシュトレーゼマンには感服ものである。
それを敢えて聞くほど峰とて無神経ではないし、首を突っ込んでいいものならば千秋が口を開くだろう。
そんな人間であることは、のだめを覗いて峰が一番よく分かっている。
………のだめと言えば。
「のだめも……千秋が消えてから少し絶不調だったよな」
「――そう、ね」
前を歩く清良の表情は見えないものの、少しだけ声が堅くなったような気がした。
だが、それを感じながら峰は胸の中のもやを吹き払う。
「その頃からよくのだめと一緒にいるようになった……なんだっけ、ラ…」
「ライザー・クリュシュエル?」
「そう、そのライザーとかって奴。何か勝手に結婚秒読みとか言いやがってさ」
「……」
「でもま、そいつも最近名前聞かないし。今日のネットにものだめの事すげぇ誉めてたし!」
「そうね」
いつの間にか立ち止まっていた清良は、ふと峰を振り返る。
その表情を読む事は出来なかった。
「……ね、龍。”空の唄”って知ってる?」
「空の唄ぁ? この間は空の青い理由聞いただろ? ……どした、清良?」
「雪が降る音をね、空の唄っていうのよ。……聞こえる? 静かに降り積もる雪の歌声」
「―――」
「世界中の恋人達の下に降り注げばいいね、空の唄が」
「………清良」
「ずっと、一緒にいようね」
「――当たり前だろ」
至極真面目な表情でそう返した峰に、「そうだね」と清良は微笑んだ。
誓約の言葉も、繋ぎ止める二人の輪もないけれど。
心が響き合っているのが分かる。自分は、この人を心底必要としているのだと。
――それは、”彼ら”にとってもそうであったのだろうけれど。
「………世の中が幸せで溢れればいいのに」
「何言ってんだ。溢れてるに決まってんだろー? 今日はクリスマスだ!」
驚いて顔を上げると、峰はニカッと笑顔を浮かべていた。
何度、この笑顔に助けられたんだろう。何度、この笑顔に叱咤されたのだろう。
……きっと、気づいているものがあるに違いない。”彼ら”の間に未だに残る傷を、見抜いているのだろう。
それでもいつか話してくれることを信じて、じっと耐えているに違いない。
……ほんと、私、イイ男好きになったわよ。
「………何それ、どーゆー理屈よ」
「えぇ?! クリスマスって幸せな一日だろ?!」
「はぁ? 訳分かんない!」
今日一日だけは、全ての哀しみを忘れて、幸せの空の唄が降り注ぐ聖夜でありますように。
世界中の恋人達が、微笑み、手を繋ぎ、今この時を共に過ごせることを喜んでいますように。