「………ん、む?」
まさに”無”を象徴するかのような漆黒の闇の中、意識が浮上した。
物音一つしない室内に、突如として覚醒してしまった頭を左右に振る。
視線を斜めにずらした。
時計は深夜二時をさしていた。部屋の中は相変わらず暗い。
久しぶりに、夢を見ていたような気がする。それはきっと……あの頃の、まさに夢のようだった日々。
あの日、心に刻んだ誓いからもうすぐ二年。
彼女にもう一度会える程俺は”資格”を取り戻したんだろうか。
それにしても。
―――まぁ、未練が残っている。
置いて行くと、蓋をすると決めた筈の思い出に未だに振り回されているとは。
彼女は元気でやっているだろうか。暗闇の中で、脳裏に映る彼女の朗らかな笑顔を思い浮かべた。
「しんいちくん」と応えた、あの時の微かに震えた声も。
何もかも、俺の中に残ってる。それでいいと、俺がそう望んだのに。
……彼女の隣には、――今も彼がいるんだろうか。結婚、するんだろうか。
彼ならばきっと彼女を涙に暮れさせたりしないんだろう。花咲く笑顔を、受け止めているんだろう。
「……は、情けねぇ」
彼女の存在をこれ程までに思い出したのは久しぶりで、感慨深くなってしまったのか。
ぽたぽたと、掌に当たる冷たさに苦笑する。
それでも涙を拭う気にもなれなくて、そのまま天井を見つめていた。
――――かちり。
完全ではないけれど、粗方の聴力を取り戻した俺の耳が、微かに響いた音を捉えた。
何だ? ……ジジイか?
いや、彼とはこの二年連絡を取っていない。だから、前触れもなく彼が此処に来る訳がない。
そのまま誰かが近づいてくる気配がして、暗闇になかなか焦点の合わない視線を向けた。
強盗だろうか。こんな辺鄙な所で?
まぁ、殺されて人生終わるのも、それまた俺の運命っていうやつなのだろう。
再び自嘲の苦笑を浮かべたとき、小さく「しんいちくん?」と聞こえた気がした。
―――は?
その瞬間の俺の頭の中はきっと真っ白になっていて、ついには幻聴まで聞こえるとはやはり聴力は復活していなかったのかと思っていた。
むしろ、俺があまりにも寂しがり屋になってしまって、心が求めた幻なのだろうかと。
でも、それを完全に覆したのは、ドアを開けた向こうに立っていた、
――のだめ、だった。