練習室には静寂が漂っていた。俺はゆっくりと息を吐き出して、机の端に腰掛ける。
随分と長く話していたから少しだるさが残っていた。
視線を向けた先のR☆Sは、何処か夢物語のような気がしていたのかもしれない。
だが、これは事実だ。……俺と、のだめが確かに歩んできた”二年間”。
「……峰」
そして、お前たち自身で答えを出して欲しい。――R☆Sは指揮者として、千秋真一を望むのかを。
龍、と腕を引かれた峰は俯いていた顔を上げた。
てっきり感情の起伏に激しい奴だから泣いてでもいるのかと思っていたが。
案外、あいつははっきりとした瞳で俺を見返してきた。
「―――のだめは?」
「いる。………のだめ」
「呼びました?」
ドアを開けて部屋に入ってきたのだめは、俺の横に立って峰をしっかりを見上げる。
二人の間にある、何か立ち入れない空気を感じながらただ黙っていた。
と、合わせていた視線をずらし、峰は「あーあ」と溜息をついた。
「結局こーゆー風に鞘が収まるんだよな」
「え?」
思わず腰を上げて峰を見ると、あいつは苦笑していた。……あの頃から変わらない、あいつらしい笑顔で。
隣にいるのだめも微笑んでいる。
俺たちに背を向けながら、峰はやれやれとでも言うように肩を竦めた。
「……全く、心配かけやがって。何処まで俺様気質なんだよ、てめぇは」
「峰、」
「千秋真一を指揮者として望むかって? ふざけんなよ」
「……」
「R☆Sは、……”此処”はお前の家だろうが。故郷だろうが。何格好つけてんだよ」
「千秋くんは、いつだって僕たちの仲間なんだから」
「―――黒木くん」
優しい笑みを浮かべた黒木くんは、のだめにも「ね?」というように同意を求めた。
はい、とのだめが頷く。
……何だか、ようやく帰ってこれたような気がする。
何処かにまだ不安が残っていた。それは、のだめとの事は関係なしにきっと俺自身の問題。
それまで一切触れてこなかった音楽が此処には溢れている。
また、俺を嘲笑うかのように巻き込んでいく音の波に呑まれる事が怖くて、過去に逃げていた。
でも何も怖れる必要なんかなかった。
――何故なら、俺たちは音楽で繋がっているから。切り離すことなんか出来ない、覆るのことのない根底だから。
あぁ、それでも。
それでも、繋がるのは手ではなくて心が良い。
そうしたら俺たちはどんなものさえ敵わない、世界を作り上げられるから。
「おかえり」と微笑んでくれたメンバーの顔が滲みそうになって、慌てて下を向いた。
その言葉だけで、もう何でも良いし、それだけでも良いと思えたから。
だから、今度は俺が返す番なのだろう。
俺が、伝えたいことを。語りたいことを。
そのための”計画”を、俺は作り上げてきたのだから。
そう。
―――あの時、あの部屋で一人誓った、己の願いを叶えると。