真一くんは、形の無いものを求めることが多かった気がする。
そして、彼は己が哀しみを増やさないために、求めたことすら忘れてしまっていた気がする。
去る背中。
「行かないで」と声をかけることも出来ず。
欲しいものを、欲しいと言えない。
誰もが、彼が何か一つでも望むものを唱えて欲しかった時に。
彼は、―――誰かのためとその瞳を閉じたんだ。
その捻くれた大きな餓鬼が。
少しでも変わろうと――自らが望むものを得ようとすることを――、思ったのはきっと。
”あいつ”と出逢ったからなんだと思う。
だから、誰が何て言おうと思おうとあいつらは二人で一つなんだ。
離れていることなんて出来ない。
一緒にいれば、なお互いを高め合わずにはいられない。
二人は、神様が導いた”運命”なんだ。
だったら、俺達に出来ることは一つだろう? なぁ、千秋。
しばし総譜に瞳を落としていたのだめは、突如、くすくすと笑いを零した。
何度も何度も愛おしそうに、総譜の表面を辿る。
コピーでオケのメンバーに配ったものではない。それは、俺が徹夜で書き上げたものだ。
”のだめ”と一緒に作り上げたいから、わざわざ手書きを渡した。
……その意図を、あいつは分かってくれるだろうか。
「――――ぼくたちは、おんがくで、つながっている」
例え、何処にいようとも。
例え、何をしていようとも。
例え、悲しみに暮れていても。
例え、――閉じていた瞳を開いたその先に、誰の姿がなかったとしても。
「それを、証明してくれたのは………この曲でしたね」
「え?」
「あぁ……真一くんには、まだ言ってなかったかな」
この曲はね、のだめをもう一度真一くんの許へと導いてくれた曲。なんですよ。
「相変わらず、莫迦なままなんですね。真一くんは」
きゅ、と総譜―――「のだめラプソディ」を抱えて、のだめは穏やかな微笑みを浮かべた。
その瞳には、俺には計り知れないような何かが詰まっている。
目を離すことが出来なくて、俺はただのだめの瞳を見返していた。
「……のだめは無力です。貴方を護りたいと思ってる、でも私は神でもないし天使でもない。何があってもとは言わないよ、だけどね。世界の全身が貴方を意味のない理由で責め立てた時に、貴方の耳を塞いで、前に立って世界を見えなくするぐらいならできると……思うんです。―――それじゃあ、駄目デスか? ……頼りないですかね?」
「のだめ、」
貴方の”仕事”は、とのだめは切った。少し目を伏せて、息を呑み込んでからもう一度俺を見上げる。
「貴方の”仕事”は、王様です。皆を導く義務がある。責務がある。……そして、貴方の想いを具現化するために、私達はいる。王様は仲間を信じて自分の伝えたいことを精一杯表現すれば良いんです。そうしたら、仲間はきっと応えてくれる」
―――きっと、貴方が望む以上のものを。
だから、怖れることはないと。何処までも突き進めと。
そう”あいつ”は微笑んだ。
あいつらしい、俺のよく知ったあいつの笑顔で。